〔日本國際志工2015心得〕張君逸|東吳大學 日文系 三|北海道YMCAチミケップキャンプ場

我認為在北海道營地的暑假是大學四年中的暑假最快樂、也最有意義的。若能更早一年參加這次的活動,我想我下一個暑假也會很願意再下一年再次前往北海道。

   踏進營地,除了被自然環境的美所吸引了目光之外,也被四處飛舞的昆蟲震懾了一番,彷彿連呼吸都能吸進一大把飛蟲。記得第一天晚上睡覺,閉上眼睛還會在腦海中自動浮現蟲子爬來爬去飛來飛去的畫面。但很快地,這樣的畫面也無法再佔據我腦中,因為每天晚上真的充實又疲倦到足以倒頭就睡。

    我們的第一份任務是搬運營方砍倒並切段的樹幹,我們初次戴上工地手套、初次將沈甸甸的樹幹搬上台車、初次將車輪被壓得嘎嘎作響的台車推到營火旁的木堆⋯⋯第一天,我們便經歷了人生中許多從未接觸過、甚至想像過的事。脫下工地手套,用自己的手摸了被密藏在堅硬得非得用電鋸才可鋸斷的樹幹中,似黏土又似保麗龍、手感獨特的樹心,那份訝異,揉合了我對於接下來營隊所能有的新發現的期待,在那時敲響了我營隊開始的鐘聲、在此時也已然成為難以忘懷的回憶埋藏在我心中。

    我第一次接觸到小朋友時,是作為cabin leader和鮭魚營的小朋友一起度過的那兩個日夜。這批小朋友和其他小朋友不同,是一群身心障礙者;而我作為leader和其一起度過的,是一位只能辨明明暗的視障高二生,起初非常擔心自己是否能夠做好「leader」一詞所被賦予的領導一職,但在渡過了和那位視障小朋友的營期後,發現「領導」不過是leader字面上所代表的窠臼,我們在營隊中所需要做的是和小朋友一起生活、一起玩樂、一起哭一起笑、並且一起成長而一起變成更好的人。

    和那位視障小朋友一同生活,看他即便眼睛不便卻也不會因而倚不便賣不便,仍是努力地幫忙洗碗打雜;需要倚賴盲人柺杖才能順利前進,但也不會因而賦予自己脫隊的權力,仍努力地過著團體生活。送走了他們這團小朋友之後,我曾閉起眼試圖想要測試自己能否好好吃飯、好好走路,但卻完全無法如他一般上手,才深深發現他為了過上現在的生活付出了難以想像的努力、難以想像的精神,或許生理上有先天的弱勢讓他們無法如同我們生活,但弱勢者心理上的堅強或許又不是我們望其項背的。

    而後,在北海道的營隊擔任過cabin-leader數次,既像小朋友們的師長、也像小朋友們的父母、像小朋友們的朋友,甚至有時候還像小朋友的小小學生,能夠從他們那裡學到新事物;擔任過program director,規劃小朋友來這個營隊能夠學到什麼、又是透過什麼學到、並帶著什麼回去;也擔任過program leader,和其他人協力,將規劃好的計畫、以最美好的方式實現。

    台灣人、日本人、美國人,我們何其幸運,能在這樣語言不完全相通的營地,我們有過眼淚、有過精疲力盡,但卻沒有一次爭吵地完成了所有小朋友的營隊。結交了不同年齡的朋友、不同專業領域的朋友、不同職業的朋友、不同國籍的朋友,可能再也沒有機會能夠全員再次團聚在一個地方、為了同一件事情努力,但也再沒有另一個地方,能夠讓我遇到這樣美好的一群人。

    這次的營隊中,不僅我們影響了campercamper也促使了我們自我檢討,從而成長;而同行的台灣人,各個來自不同的學校、不同的生長環境,從協力的過程中我學到從不同的角度看待事物;在營隊相遇的美國人及日本人,不僅讓我精進了外語會話能力,也讓我瞭解到友誼能夠不分語言不分國界,在台灣和一位好友所能共同經歷之多,可能完全比不上在Chimikepp的任何一位朋友所共同經歷之海量。

    北海道的美國營長Mike說:「營隊就像湯」,每個人都是獨一無二的調味料,如果不願將你自己投入這湯中,我們便無法造就美味的成品;而隨著參與者的不同,最後所能獲得的,也會截然不同。

    201578月,我們在YMCA北海道營隊Chimikepp度過了一個最美好的夏天。

        2015年、北海道での夏は、大学の四年間をわたって一番面白くて、一番充実したのだと思っている。もし一年早く、このキャンプを参加したら、僕は必ずもう一回行くのだろう。

        キャンプ場に踏み切って、自然の美しさに引き張られだけでなく、あっちこっちを飛んでいた虫たちにも衝撃的な印象を与えられた。一日目の夜、寝ようとして、目を閉じると虫たっぷりの画面が勝手に頭に浮かんでくることもあった。だが、こういう画面が二度と映ることもなっかった。なぜなら、毎日の充実さと疲れで、ベットにタッチするとすぐ眠り込むほどにもなったのだ。

        最初のミッションは、キャンプ場に置かれて切ったばかりの木を運ぶことだ。最初の軍手を穿くこと、最初の重い木を台車の上に移すこと、最初の車輪がゴロゴロ転んでる台車を押し進むこと一日目のとき、僕たちが体験したことのないことをたくさんやった。軍手を脱いで、初めて硬い木の中に柔らかい部分を触る時、その感動がこれから出会える人とことに対する期待と和えて、キャンプの素晴らし始めになった。

         初めて子どもたちに接した時は、キャビンリーダーとして、サーモンキャンプの彼らと生活した二日間だった。そして、彼らは普通キャンプ参加しに来るキャンパーと違って、ヒャンディキャップだった。僕とペアになったのは目の不自由な高二生で、うまくいけるかとうかと、僕は心配だった。だが、大変なことがあっても、二日間を無事に子どもたちと過ごし、一緒に暮らし、一緒に遊び、一緒に笑い、泣き、そして一緒により良い人になるのが、リーダーというものだと僕はあらかじめ感じた。

        目が不自由だとしても、周りの人に迷惑をかけたくなくても、他の人に負けたくなくて、彼はいつも一生懸命に生きているのだ。僕も彼の不便な生活を体験しようと目を閉じて歩いており、すぐ前にある根っこに躓いて、大驚いた。生理的には、僕たちは彼らより便利かもしれないが、彼らの精神的強さには、僕たちはどうても敵わない時もある。

        その後、キャビンリーダーは四回やって、子どもの先生でもあり、子どもの親でもあり、子どもの友たちでもあり、時には子どもたちの小さな学生にもなって、いろんなことを彼らから学んだ;プログラムディレクターとして、こともたちのために、このキャンプでのやることと学ぶことを考えてくれた;プログラムリーダーとして、他の人と協力し、プログラムを一番素晴らしい形で遂行させる。

        日本人、アメリカ人、台湾人、僕たちは運良くで、一緒になって、涙があっても、疲れがあっても争いが一度もなくて全部のキャンプを成功させたのだ。

        チミケップの村長さんであるマイクさんが、「キャンプはスープである」と言っている。そう、僕たちが唯一のスパイスであり、自分の持っているものと思いを私欲なくて、全部スープの中に入らないと、おいしスープはできないのです。そして、参加者によってできたスープは違って、全部一期一会なのです。

        2015年七月と八月、僕たちがYMCA国際キャンプ場チミケップで、素晴らしい夏を過ごした。








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