〔日本國際志工2016心得〕黃韵筑|台中科技大學 應用日語 四|妙高高原ロッジ Myoko Kogen lodge

直到現在我還是會忍不住想,那會不會是一場夢。一場,去日本冒險了一個月的夢….回想起那天儘管一出海關就順利見到來接我們的保坂さん,但從成田機場到妙高這段路可不短。再加上下大雨的關係導致車子誤點,抵達長野車站時已整整晚了一個小時。當下真的有點慌張,心想都晚了一個小時了,接我們的人還會在嗎?還好在原地等待了一下後就看見諏訪さん出現了。與想像中不同,妙高高原的工作人員並不多。平時就只有我,同伴,諏訪さん廚師とみおかさん,偶爾會遇見前來打掃的築田さん和來除草的小林さん儘管工作人員並不多,但藉由接待各式各樣的客人接觸到了各個年齡層的日本人。純真的幼稚園與國小的小朋友,年齡相仿的大學生隊輔,帶著小朋友來接觸大自然的爸爸媽媽們。而他們的共同點就是總是很親切的用我們可以理解的日文與我們溝通。 
歡迎著旅客和ICCPJ前來的指示牌

美麗的妙高高原ロッジ
讓我體重增加10公斤的とみおかさん的料理

 我們平時的工作其實很簡單,早上起床後去清掃澡堂,用吸塵器打掃大廳和事務室,協助前來參加活動的營隊飯前的準備和飯後的整理工作。遇到客人退房的時候去幫棉被裝上新的床單,並在入住時放入房間相對應的枕頭套(枕カバー)和シーツ。若遇到當天有營火晚會,則需要去搬木板和牛奶箱,組成室外的椅子讓小朋友們坐,但因為木板很重,搬起來十分吃力()


每天的例行公事,清掃澡堂和協助用餐的準備與善後
妙高營地特別的地方是,妙高沒有客人時,我們會前往野尻營地當駐在人員,協助維護水上活動時的安全。在那裡也遇見了與我們年紀相仿的日本志工們。其實我是在離開時才知道他們也是志工的。明明年紀差沒幾歲但與他們相比我們真的還有很多地方要學習,而他們每年暑假都犧牲自己的時間來到野尻當志工這點也很令人佩服。在野尻我也體驗了人生中的第一次划船,和穿著救生衣跳水等等特別的回憶。儘管野尻沒有妙高舒適,也有在豔陽下刷甲板的工作,但現在回想起來在野尻的回憶反而更令人難忘。


扼殺手機容量的野尻湖


如果要說遺憾的地方,大概就是在去日本前就被告誡日本人很注重隱私這點,所以儘管遇到了很可愛的小朋友也忍住不敢拍照,手機裡日本人的合照更是幾乎沒有。但我想儘管哪天再也想不起來他們的樣貌,但那些和小朋友一起玩劍玉,一起唱著キャンプソング的種種回憶,不論何時想起來都會讓我嘴角上揚吧。

去附近的河川川遊び後,在太陽底下曬著的兒童救生衣

看完苗名滝後和諏訪さん剪刀石頭布決定買單的人

我無法很確切的列舉出我到底在這次營隊學到了什麼。但我真的很感謝,一年前在朋友邀約下什麼也沒說想,就決定參加,並努力籌備參加資料的自己。若不是一年前妳的義無反顧,我將無法擁有這些美好的回憶。

ロッビ裡顯眼的台灣地圖,與我們離開時掛上去的台灣國旗

今までもよく思い出してしまい、妙高での生活、そのゆめのような思い出を。最初の日は予定より遅い、長野の駅に着いたのは一時間も遅かったんです。そのとき、本当に慌てたけど、私たちを迎えにきた諏訪さんは、とても優しかったです。妙高高原ロッジのスッタフは、思ったより多くなかったが、いろいろなお客様がいるから、各年齢の日本人と出会いました。天真爛漫な子ども、年齢の近いリーダー、子供と一緒にキャンプに参加したお親たちなどたくさんいます。誰でも優しくて、私たちも分かりやすい日本語で話してくれました。

妙高高原ロッジでは毎日お客様がいるではないので、お客様がいないときには、野尻へ行き、駐在しました。私は水が苦手で、泳げないのですが、ライフジャケットを着て、ボートをしたり、泳いだりしました。野尻で、いろいろな人生の初めてができて、楽しかったです。私にとってはとても素晴らしい夏でした。

残念なところと言ったら、たぶん写真があまり撮れなかったことです。妙高に来る前、日本人がプライバシーを非常に大切にすると言われて、撮った写真が少なかったです。でも、みんなの思い出はきっと忘れられません。一緒に川で水遊びとか、剣玉をするとか、みんなと一緒に経験したいろいろな思い出は胸の中に残り続けています。いつ思い出しても笑わせるでしょう。

妙高へ行くのは今までの私の人生の最高の決定でした。様々な人と友達になって、たくさん思い出を作って、特別な経験を得ました。こんなに素敵な1ヶ月間だとは思わなかった。かけがえのない19歳の夏でした。妙高で過ごした日々を心の中に刻んで、絶対に忘れはしないです。



















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